ちなみに辻村深月さんは私が一番好きな作家です。
- 時流に沿ったミステリを味わえる
- 辻村作品の雰囲気を体感できる
- 「詐欺」に関連する人たちの心理描写を知れる
- オチが読みやすい
- 人の心理描写に深みがなく物足りない
- 短編集なので読了感が浅い
総評
辻村さんの作品はここ半年くらい触れていなかったので、短編3本というお手軽さは取っつきやすくて良かった。
ただし、特にミステリを扱った際の辻村さんの作品はオチが読みやすく、短編ということもあり、各短編の冒頭を読んだだけでどういった流れで話が展開されていくか、ある程度予想が付いてしまった点は物足りなさを感じた。
それに加え、人間心理に深く踏み込んでいくような作品もなかったため、更に物足りなさを感じる結果となった。
2020年のロマンス詐欺
緊急事態宣言が発令され憧れだった大学生活の実現もままならないまま、生活費のためのバイトも目星がつけられない。
そんな時、地方の知人から連絡があり、生活費を稼ぐために「振り込め詐欺」に加担することになる。
本編はその過程で知り合った「美紀子」なる女性と主人公が惹かれ合いながらも、お互いの利害のために行動を起こす。
インターネットを通じての人間関係って、本作で描かれるようにお互いの「偶像」を信じてしまうよなあと思う。
人間というのは案外ハッピーな頭のつくりをされているようで、「自分に見えない部分」はきっと「自分にとって都合がいい」ようなものと認識するようにできている。
なんやかんやあって主人公は傷害事件を起こしてしまうわけだけど、ひとつの側面から見るとそれは主人公の「正義」であって、現実でも多角的に人を理解する姿勢が大事と思った。
五年目の受験詐欺
有数の進学校になんなく進学した「兄」と成績の振るわない「弟」を見て、なんとか「弟」を良い進学校に進学させたいという思いから、とある教育コンサルに頼ってしまう「母」。
「裏入学」のための資金を怪しい教育コンサルに支払い、無事「弟」は進学校に進学することになったが―。
辻村さんの作品ではしばしば「親子関係」に焦点をあてた作品があって、本作もそれらによく見られる「親子間の課題」を取り上げているように感じた。
話自体は裏口入学や特殊詐欺などを中心として繰り広げられていくが、裏テーマとして現代の家庭内において普遍的に生じうる親子間の関係性を取り上げていて、主には親目線での「子を助けたい」「与えたい」という思いが描かれている。
しばしば「親にとって子は唯一無二」と語られるが、それはまた逆も然りで、「子にとって親も唯一無二」である。
そういった対称性を意識させる作品になっており、親と子、それぞれが一個人として対話していく姿勢が大事かなと思う。
あの人のサロン詐欺
はじめは「漫画家と知り合い」程度で周囲の知人に自慢する程度であったが、徐々に歯止めが利かなくなり、「自分がその漫画家だ」と家族にまで言いふらすようになる。
その活動を行う女性の心理を中心としながら、漫画家本人との邂逅や、正体を偽って運営しているオンラインサロンメンバーとのやり取りが展開されている。
なんとなくこういう人はいるんじゃないかなと思った。
今回は「有名人が実は自分」といった類の偽りであったが、動機付けとして「強い憧れ」との「同一化」を目的として、何かしらの行動を起こす、起こしてしまう人はいるんじゃないか、と。
最終的に「正体バレ」した主人公は、自分自身が漫画家としてふるまい続けたことで、自分から漫画家を切り離せないという不可逆性に気づくわけだが、現実の我々も知らず知らずのうちに何らかの要素に影響されながら生きていくのだろうなと感じる。
Comment